第六回雑文祭参加作品」

 

ゆっくりだけど規則的に、サクサクと力尽きた葉の砕ける音がする。
出しっぱなしの右手をポケットに入れて、少し遠回りして、実家への道を辿る。
この茶色い並木道は、あれから毎年変わること無く、きっとここにあった。



違う学校へ通っている彼女。中学校のときの同級生。
文化祭の実行委員をきっかけに仲良くなって、付き合った。もう丸3年。
僕は公立、彼女は私立に決まってたから、週に1度、いつも通り1時に待ち合わせ。
手を繋いで、まずは空き始めた店で昼食を一緒に。
それから今日は映画だった。見たがってたラブストーリー。
豪華客船の沈む中、身分違いの恋の話。割と嫌いじゃなかったけど、「いつも通り」、先に泣くのは彼女の方で、その横顔を見るとタイミングを損ねる。
ストーリーとそんな愚痴の話をしながら、その後は雑貨屋や古着屋を回って、クレープを食べた。
彼女の家の方向へ向かう並木道に、何処からか金木犀の匂い。
ゆっくりだけど規則的に、サクサクと力尽きた葉の砕ける音がする。
繋いだ手をポケットに突っ込んで、歩幅は併せて。一人分の足音。
いつも通りだった。大事な所が多少違いはしていたけれど。


「ねぇ。」
「…何?」
「さよならしよっか。」
「どしたの、突然。」
「あのね。いっぱい考えたの。これからのこととか、今の気持ちとか。」
「それで?」
「だから。それでさよならしようって。」



時間はまだ、早い。
季節は夜を早めに連れてきていた。街灯が眩しい気がする。
普通だったら、驚くような言葉が口から飛び出す。
だけど、僕には当たり前のような別れだった。
今日会って手を繋いだ。左手の指輪は無かった。
僕は18歳で、推薦入試で遠くの大学へ行くことが決まっていた。
彼女は地元の専門学校へ。いわゆる遠距離恋愛が予定されてた。
そのときは妥当な結果だと、内心そうだと思い込んでいたのもある。

少し切ない帰り道は当然で。いつもより早く家に着いた。

「一人で帰るよ」

向こうを向いてそう言った彼女が泣いてるのはわかってた。
声や肩が震えてたとか、涙が見えたとかそういうんじゃない。
そういう子だって知ってた。

間違いだったって知るまで、ちょっと時間が掛かった。

あまり鳴らなくなった携帯や、会わなくなった週末の午後とか。
そのときは「いつも通り」が無くなっただけだから、だと思っていた。
別にまったく連絡を取らないわけじゃないけど、確実に距離は離れていった。
あまりにも自然に。


親の見送りで、予定通り僕は高校を出て一人暮らしを始めた。
大学は楽しいし、入ったサークルにはイベントもたくさんあるし、
冬には合宿と称したスキー旅行、夏は花火大会や肝試しなんかも。
勉強そっちのけで飲み会やら、小旅行を繰り返して、
授業は代返と一夜漬け。単位はギリギリを保ちながら、
毎日ゲラゲラ笑っていた気がする。
そんな生活で、やっぱり恋をした。
だけど長続きしなかった。数人。なにか違うと思った。
当たり前のように、そう。「いつも通り」いかないんだ。
いつも言葉の端々や、仕草に重ねる人がいた。
忘れかけた面影を追ってる気がした。
「いつも通り」手を繋いだときに、「いつも通り」じゃないことに気づける人。
飽き飽きするような繰り返しの価値。
ズルイ結果論かもしれないけれど。
だってもう3年も前の話。色なんか、褪せに褪せて黄ばんでるような。



目的地を持たずに、僕は一人で思い出に浸っている。
それは別れ際に見た景色のせいかもしれないし、この金木犀の匂いかもしれない。
点き始めた街灯のせいかも。
夏や冬に帰ってくることはあっても、こんな時期にここにいるのは3年ぶりだ。
来週には戻って授業に出なきゃいけない。
別に何をしにきたわけでもない。親には「何しにきたの?」なんて言われるし、
地元の友達は就職やら、僕と同じく地方へ行ってるやらで誰も居ない。
わざわざ帰ってきてまでテレビもないだろうし。



規則的に、サクサクと力尽きた葉の砕ける音がする。
並木道は永遠に続く気がした。
当たり前のように終わってしまったけれど。
君の話は誰からも聞かない。予定通りならもう働いているんだろう。
話したいことはたくさんある。「なんで?どうして?」って、あの時問い詰めなかった別れの意味や謝罪の言葉とか。


とりあえず。


歩いてもいないのに、
相も変わらず規則的に鳴るこの音の正体を確かめよう。
僕は知ってる。そういう子だってことを。

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